【辻語り】

今日は母の日

私を丈夫に産んでくれたおふくろと、彼女を支えてくれた多くのひとびとに感謝

今93歳

まだまだ親孝行しなければ

私は末っ子

親父が45歳、おふくろが39歳

遅いこどもだった

最近でこそ、高齢出産は珍しくなくなったが、55年前ではさぞかしたいへんだっただろう

今思えば、ずいぶんと心配をかけ続けてきたものだと想う

北陸福井で過ごした幼少期

北海道に大学進学をすると決断したとき、おふくろはどんな想いだったのだろうか

ちょうど昭和から平成に変わる激動の時期だった

青函連絡船がなくなり、鉄道で北海道まで行けるようになった

とはいえ、札幌から福井に帰ることは、年に1度あるかどうかだった

やっと帰省したと想ったら50ccのバイクに乗って帰って(しかも転倒して血だらけ)、目が点になっていたおふくろ

1泊しかせずに、身体中包帯の私を心配する顔を尻目に、札幌までバイクで戻った

体育会ハンドボール部に明け暮れ、勉学などそっちのけ

初めておふくろが札幌に来たのは、両足首のじん帯を損傷して手術をするクリスマスの夜だった

大学まで出してもらったにもかかわらず、まともな就職を拒否し、選んだのが信州の泰阜村

山奥の場に行かんとする息子の姿をどう想っていただのだろうか

信州泰阜村に行ってから、つまり社会人になってから、おふくろと一緒に仕事をすることも多くなった

その時初めて、おふくろがどのような仕事をしてきたのか、どのようなことに人生をかけていたのかを知る

親孝行しなければと想い続けるうちに、もう17年前に親父は他界してしまった

今、もう、おふくろは93歳だ

3年前に兄が急逝して、ガクッと衰えた

要介護度5で、寝たきり

元気ではあるが、確実にその時は迫っている

親父は46歳の時に、兄は49歳の時に、人生をかけた勝負に出た

大器晩成の男たちだったと想う

それを支え続けたおふくろに、私もまた、昨年、54歳で人生をかけた勝負に出る姿を見せることができた

無謀な挑戦をベッドの上でさぞかし心配したことだろう

それでも、少しは親孝行できたのかもしれない

大器晩成の男かどうかは、まだわからない

でも、おふくろに支えられているこの時間を、重要な時間に位置づけようと強く想っている

国会開会中の最近は、おふくろの家に夜中に帰り、隣で一緒に寝て、早朝に出ていく

彼女となかなかゆっくり向き合えない状況が続いていた

今日、母の日は、忙しいけれども時間をとって、日中一緒に過ごした

何を話すわけでもない

ただ、同じ時を過ごす

それでも、おふくろが好きな唄を、一緒に歌ったら、喜んでいた

母としてはもちろんですが、地域社会教育の実践家としてとんでもなく尊敬できる存在です

まだまだ学ばなければ

娘、息子を次々に失う激烈な痛みに耐えながらも強く生き抜くおふくろ

これからもよろしく



2025年5月11日  辻英之

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