この連休は、各地で「はたちの集い」が開催されました
いわゆる成人式
35年前、私も成人式だった
その頃はまだ成人の日は1月15日で、式もその日に挙行されている
大学に進学した札幌に住民票を移した私には、故郷(福井)から式の案内は届かなかった
体育会ハンドボール部に所属していたので年末年始もない
もともと帰省する予定はなかった
ところが、クリスマスの日に足首の手術で入院し、年末年始は病院だった
「15日は福井に帰ってご両親に顔を見せてこい」 当時の鬼主将のまさかの恩情に絶句しました(笑)
ギプスを巻いているのでスーツは着れない
アウトドアといえば聞こえはいいが、当時の山男の服を身にまとい、まさに“北の国から”の恰好だ
入院していたから、松葉杖をついて、ヒゲも生やしている
どう見ても成人式の参加者ではない
ただ、友人たちからは「どこにいるか、すぐわかった」とありがたがられた
式典にも出たか記憶にない
松葉杖なのに夜中まで飲んでいたのかも
今、想えば、平和な時代だった(1991年 同級生たち、もう時効みたいなものなので笑、公開をお許しを)
話を戻して2026年
「若者に政治のメッセージが届いていない」と政治家たちが口にし続けている
いや、メディアも含めて多くの大人たちが
「今さらか」と想う
この立場になるまので15年、大学の授業を数多く受け持ち、様々な階層の学生と向き合ってきて、そう想う
確かに若者の多くは政治に「無関心」だ
とりわけ、選挙に無関心なことは間違いない
最近の選挙で若者が何らかの動きを見せた要因は、政府からのメッセージではない
有名人や芸能人、そしてポピュリズムの政治家のSNSだ
でもねみなさん、「若者の無関心」をつくってきたのは誰なのか?
逆だ
政治が若者に無関心過ぎたのではないのか
無関心であり続けてきたのではないのか
投票率を上げる努力をしない国が、若者に政治に参加する努力を怠った政治家が、今さら若者に「関わってくれ」なんてムシが良すぎる
「教師は信じない」「政治家は信じない」若者は言い続けてきた
それどころか若者は「政治」なんて「ない」と想っている
いや、「ないもの」と想わされてきた
無視し続けてきたのは、関わろうとしなかったのは、大事にしなかったのは、「政治」の側だ
大学の学費はどうしてこんなに高いのだろうか
学費無料の国もあるのに
どうして学校だけが教育の中心なのだろうか
オルタナティブな学びの仕組みは次々と世界で実効性を発揮しているのに
本当に、若者のためにこの国は動いてきたのか
予算をかけてきたのか
関心を持ってきたのか
今、この立場になって、自戒を込めて強く想う
選挙権を手にした若者たちは、今、しっかりと見つめている
この国の為政者たちが、今どのような立ち居振る舞いを続けてきているのかを
そしてこの危機的な時代に、どのような言葉を発するのか、どのような行動を起こすのかを
最近の辻立ちでは、高校生や中学生から「がんばって!」とよく声をかけられる
それは、政治が、そして国が、本気で若者に関心を持つための、最後の警告と想う
長くなりすぎました
はたちを迎えたみなさん、本当におめでとうございます
きっと、素敵な仲間に囲まれて、素敵な人生の一歩を踏み出して、素敵な大人に成長していくのでしょう
心の底から応援します
2026年1月14日 つじ英之

