つじ英之 2025年6月 活動報告
2025年6月は、国会閉会後、地元・福井に腰を据え、地域の声に向き合う時間から始まりました。
そして月末、福井にとって忘れることのできない6月28日を迎え、改めて「この地の風土が何を教えてきたのか」を深く考える1か月となりました。
■ 国会閉会後、まず地元へ
国会が閉会し、真っ先に向かったのは、過疎地域の小さな集落でした。
この雰囲気に、心からほっとします。
私自身、30年間、人口1500人ほどの山村で暮らし、集落自治会の一員として、自治会長や会計も務めてきました。
月に一度、各戸から一人が集まり、行政連絡、課題解決、安否確認を行う――そんな営みは、決して過去の話ではなく、今も全国各地で続いています。
国会報告は15分ほどにとどめ、その後は質疑応答というより、おしゃべりの延長のような対話を重ねました。
農業の担い手不足、米価への不安、老朽化するインフラ、税への怒り。
重厚な政策を語れるわけではありませんが、過疎地で生きてきた経験をもとに、辿々しく語り、何より聴く姿勢そのものに、信頼と期待を寄せていただいていると感じました。

■ 子どもと若者に向き合う6月
6月も、子どもや若者と向き合う機会が続きました。
池田町では、森のようちえん「いけだのそら」を再訪しました。
冬に訪れた私のことを、子どもたちが覚えていてくれ、「ひつじ!」と駆け寄ってくる姿に、思わず笑顔になります。
また、修学旅行で国会を訪れた池田中学校にも足を運びました。
サプライズ訪問に驚きながらも喜んでくれた3年生たち。
小さな町に生まれ育つ彼らが、これからどんな時代を生きていくのか――その背中を、どう支えられるのかを考えさせられました。
■ 6月28日、福井が忘れない日
6月28日は、私の地元・福井にとって決して忘れられない日です。
1948年6月28日、戦災からの復興途上にあった福井は、丸岡町を震源とする大地震に襲われ、約3900人もの命が失われました。
この福井地震をきっかけに「震度7」が設けられ、後に阪神・淡路大震災で初めて適用されることになります。
戦災と震災。
二つの大きな災害から立ち上がった福井は、「不死鳥の街」と呼ばれてきました。
この30年を見ても、重油流出事故、集中豪雨、度重なる豪雪と、災害は絶えません。
私自身、小学5年生のときに経験した昭和56年豪雪も、忘れることのできない記憶です。
災害のたびに、この街の風土は私に「あきらめない心」を教えてくれました。
その心を、どうしても子どもや若者に伝えたい――その想いで、福井県内、そして全国を歩いています。
■ 小さな町に、想いが届くことを願って
災害のリスクを抱える街に生まれ育ち、その風土に育てられた一人として、
小さな町に生まれ育つ子どもや若者に、この「あきらめない心」が届くことを、心から願っています。
6月は、地元に立ち返り、過去と現在をつなぎ、次の世代へ何を手渡すのかを静かに問い続けた1か月でした。
7月以降も、現場に立ち、声を聴き、誠実に歩みを重ねていきます。
2025年6月 つじ英之
